「映画演技の性格」小津安二郎 1941年映画演技とは、一口に言って、ありのままの形、ありのままの気持ち、現実そのままの巧(たく)まないしぐさ、つまり写実ということが映画演技の基本であるということは、昨日も今日もそして明日も変わりないであろう。しかし、こう言ったからと言って、映画演技が現実と同じ、つまり実写そのままでなければならぬと言うのではない。というのは、映画劇は実写ではないからだ。映画劇は単なる実写とは違って、現実そのものの再構成であり、もっと完全な、そしてもっと納得のできるような人生の姿を伝えることを目標とするものである。(中略)こういう意味での映画劇と実写の違いが、そのまま、映画演技と現実そのものとの違いを意味することになるのである。つまり、現実そのものから出発し、たえず現実そのものと向き合い、ついには現実そのものよりもっと完全な、そしてもっと納得できるようなものであろうとする努力、しかも自分をあらわせば、これが映画演技の真髄なのである。また写実ということが映画演技の基本である理由でもある。 (中略) たとえば、キャメラがバスト(ミディアム)からクロースアップに前進するような場
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「映画演技の性格」小津安二郎 1941年映画演技とは、一口に言って、ありのままの形、ありのままの気持ち、現実そのままの巧(たく)まないしぐさ、つまり写実ということが映画演技の基本であるということは、昨日も今日もそして明日も変わりないであろう。しかし、こう言ったからと言って、映画演技が現実と同じ、つまり実写そのままでなければならぬと言うのではない。というのは、映画劇は実写ではないからだ。映画劇は単なる実写とは違って、現実そのものの再構成であり、もっと完全な、そしてもっと納得のできるような人生の姿を伝えることを目標とするものである。(中略)こういう意味での映画劇と実写の違いが、そのまま、映画演技と現実そのものとの違いを意味することになるのである。つまり、現実そのものから出発し、たえず現実そのものと向き合い、ついには現実そのものよりもっと完全な、そしてもっと納得できるようなものであろうとする努力、しかも自分をあらわせば、これが映画演技の真髄なのである。また写実ということが映画演技の基本である理由でもある。 (中略) たとえば、キャメラがバスト(ミディアム)からクロースアップに前進するような場
x.comYuki Matsuzaki 松崎悠希📽️
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